2008年総括。
room416へようこそ!
今年は僕にとってお芝居の勉強を始めてから丁度20年目の節目の年でございました。
デビューから10周年の去年よりも僕にとって印象深い年であったのは事実。本当に多くの事を学び、そして考えさせられた365.25日で在りました。
プロとして、、、が去年までの僕であったのならば、今年の経験を経た後に僕が見出した答えは
"人として"
でございましょうか。
様々な経験や出逢いを重ねて高みを目指し続け、時に何かを成す。そしてそれ以上に何を失おうと生き続けなくてはいけないという最低限のルールが明確になるにつれ、人の世は厳しく且つ残酷であるなぁと感じ入るに至りました。
僕はこの十数年、高校の時の授業で先生から尋ねられた問の答えを探しておりました。それは、"自己と言う識別コード、即ち身分証明書・共通言語は勿論、外見およびそれに付随する認識・名前が無くなってしまった時に、貴方達はどうやって自分が自分で在ると証明し、また他に証明出来ますか?それが即ち「アイデンティティーの確立」の本義です"という問でありました。
正直、この問いに答えなどないのだと思います。先生も恐らく、それが人として"生きる"という事の本質であり、同時に無情でもあると伝えたかったのかも知れません。けれど今年一年、本当に色々な出来事を経験させて貰い、その経験を通して過去の経験が上手く思考の中で纏まってくれた様に思います。経験の哲学的消化から導き出した前記の問への僕なりに腑に落ちる答えは、
日々の中から生まれた思い出や経験こそが自己で在り、だからこそ他者もまたそのアイデンティティーを生す上で重要な要素であり一部ではあるが、同じ事象に際し同席していようとも個としての捉え方の違いによりその一つの事象の解釈は自己と他者では異なる。
また捉え方、価値観というものは自己形成段階の環境や出来事に非常に偏り易く、自己形成段階の経験即ちアイデンティティーにも他者が介入している為、本来自己と思っている自己は自己形成時の物質的距離の近い者に類似する傾向がある。人は肉体の成長と共に様々な環境に身を置き、あらゆる経験を通して、色々な価値観を持つ他者を自己のアイデンティティー中に大勢介在させる事により、自己のアイデンティティーをいよいよ成熟させる。即ち沢山の経験から得た自己アイデンティティー内に介在する他者の価値観と、その自己アイデンティティー毎の時節の自己、言わば思い出の中のその時々の自分の価値観、それら全ての平均率こそが現在の自己である。
と現段階では思っております。
但し、ここまで冷静に自己を見詰める為には、余程客観的に自分を捉えねば成りません。そこで最も辛い作業となるのは、自分が正しいと思っている事を一度全て否定しなければイケナイという事だと思うのです。
自分が守って来たモノを一度全て手放し地面に広げて、俯瞰で観た中から本当に大切なモノを拾い上げる。
これこそがアイデンティティーの形成に本当に大切な作業なのだと思います。
何かを掴もうと思う時、自分が成長しようと思う時は、どうか新しいモノを握り拳の隙間から詰め込むのではなく、その開いた事のない拳を勇気を出して開き、新しいモノと古いモノを平等に見比べた上で、その時の自分が握れる分だけ拾い上げればそれが即ち、精神的な成長というのではないでしょうか?
失うことを恐れると新しいモノは得られないというのは、なんとなくこういう事なのかな?と思っております。
新年を迎えるにあたって少し固い文章になってしまいましたが、僕は今年得た大切なものを、来年の自分に存分に役立てていきます(^-^)
今年最後のお部屋は、2008年最後のお勉強でした(笑)ジャミ先生、出来の悪い生徒で申し訳ありません!!!
全てに感謝ッ!
それでは、良いお年を!
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